44歳からの留学 ― 米国管理栄養士の、事の始まりから現在まで⑰

こんにちは。『44歳からの留学 -67歳現役米国公認管理栄養士、20年の奮闘記』(Book Trip)の著者のYufiこと堀尾シェルド裕子です。私の体験が、これから留学を考 えている人、米国で管理栄養士になることに興味のある人に役立てることを願っています。また物見遊山でこのサイトをみた方、野次馬も歓迎です。コメントもよろしくお願いします。

 

米大学留学の本番がスタートしました。

 

著書より前回の続きです。

 

カリキュラムの編成

 

   翌日、海外留学センターの玉木さんから渡されていたか、インターナショナル・スチューデント・センターで渡されたのか、今ははっきり覚えていないのだが、入学許可証などの重要書類の入ったファイルがあり、それをかかえて、バウアー先生のオフィスを訪ねた。だが、私を迎えたのは、講師のキャロルだった。クラス登録の一刻を争っていた私は、もう何が何だか分らなかった。なぜバウアー先生がいないのか、それとも、バウアー先生がキャロルを代わりによこしたのか。ともかく私はそこにいるキャロルに、相談するしかない。私は書類を見せて、日本で教養科目はとっているので、栄養学の専門科目のみを登録したい旨をなんとか伝えた。キャロルはとても親切な対応で、書類を見て、「AP4」プログラムね、というようなことを言った。私がよくわからない顔をしていると、「AP4」プログラムは米国公認管理栄養士(Registered Dietitian)になるためのコースだという。私も、多分そうなのだろうと思っているうちに、キャロルは「AP4」プログラムに向けた必要科目(Didactic Program in Dietetics またはDPD)を書出し、二年間でとり終えることのできるカリキュラムを編成してくれた。それによると、二年間で各学期に4クラス位、それから、夏休みのサマーセッションでも2クラス位とるような構成だった。

 

AP4」プログラム

 

  実は後で分ったことなのだが、「AP4」プログラム(Approved PreProfessional Practice Program) とは、栄養学(Dietetics)のインターンシップのことだった。今は名称も簡単に、栄養学インターンシップ(Dietetic Internship) に変わっている。

  そもそも、米国公認管理栄養士(Registered Dietitian)になるためには、学士号をもっていること、栄養学関連の必修科目を履修すること、そして、1200時間(モントクレア州立大学では9カ月)の栄養学インターンシップを完了することが必要で、その上で公認管理栄養士(Registered Dietitian)の試験(RD exam)を受ける資格ができる。そしてその試験にパスすると、晴れて公認管理栄養士(Registered Dietitian)になることができる。

  私は、日本の海外留学センターで玉木さんが、このコースは米国公認管理栄養士になれるコースだとは聞いていた。ただし試験は受けなければならないとも。私はそれは無理だと思っていたので、ともかく栄養学を勉強できればいいと考えていた。

  だが、キャロルの書き出したカリキュラムだけが私の選択だった。それ以外の選択、可能性などわからない。とにかく、指南役を果たしてくれる誰かがいるだけで有り難かった。クラス登録の残りの期間はわずかだ。授業は一週間後位からスタートする。カリキュラムの書かれたペーパーを持って登録に走った。

 

栄養学部の分類

 

 ここで先に進む前に、栄養学部の分類について触れておきたい。私の入学した学部は栄養学部(Food & Nutrition)であるが、それは次の3つの集中分野または専修(Concentration)に分かれていた。「一般栄養学」(General Nutrition),「フード・テクノロジー」(Food Technology)、そして公認管理栄養士(Registered DietitianまたはRD)になるための「ダイエタティクス」(Dietetics)である。日本の海外留学センターの玉木さんは、何もわからないでいる私に、私との会話からくみ取って、「ダイエタティクス」を私の専修として選んでくれていたのだった。

 

電話によるクラス登録

 

  クラス登録は全て電話によるマシーン登録だった。窓口での登録は行っていない。キャンパスの所々にある電話で恐る恐るトライした。でも私には速過ぎてついて行けない。何度もなんどもトライした。でもできなかった。もう泣出しそうだった。誰かに頼むしかない。見わたすと、アジア人風の柔和そうな男子学生が電話しているのを見つけた。その学生が電話し終るのを待って、頼んだ。彼は快く引き受けてくれた。

  中にはもう定員で締め切られているクラスもあったが、その場でカリキュラムのな

かで変更したりして、結果として、ESL(外国人のための英語クラス)も含めて5クラスを登録することができた。ESLの他は「基礎化学」(Elements of Chemistry I)、「化学のラボ」(College Chemistry laboratory I)、「食と人々」(Food and People)、「栄養学」(Nutrition)だった。

  後から、このいきさつをアパートの隣り部屋のアメリカ人の学生に話すと、手伝ってあげたのにと言ってくれたのが、とてもうれしかった。結局アカデミックアドバイザーのバウアー先生にはこの春学期が終了する五月末まで、会うことはなかった。

(続く)